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何かを犠牲にしても何かを失っても。

16日の早朝に、やっと脱稿した。

本番八日前だ。役者たちは至極不安だったろう、しかし俺を信じて辛抱強く脱稿を待ってくれた。その気持ちに応えられる戯曲が書けたと、自画自賛かもしれないが思う。

何度も言うし何度も書くけど、自信がならやるなよ、というのが自論だ。あくまでも俺の意見でそれを他人がどうこういうのは勝手にどうそなのだ。

然し、現時点の自分のすべてを出し切らない作品を観てくださいなんて言うほど俺は自惚れていない。精一杯じゃないと申し訳ないし、だからといって精一杯を観てほしいのではない。

その線引きは難しい。

結局は、どこまで突き詰めても時間が経てば反省や後悔が残らなければ嘘だと思う。しかし、それで良いのだと悟りを開く。

認識することで成長になるのだと思う。

余力を残さずに、この公演に自分のすべてを費やしたい。何かを犠牲にしても何かを失っても。本当にやりたい事とに打算や駆け引きなど必要ない。

俺が無謀な暴君だったとしても、譲りたくない事があるからだ。

だからこそ、こんな俺を応援してくれる人が尊い。

後ろ指を指されても、欠席裁判の被告人が俺でも、それが劣等感となり活力源になってきた。

だから今がある。

色々な事を背負い、色々な事を捨ててきた。もう背負いたくないし、もう捨てたくもない。

と言っても、背負わなければいけないものと捨てなければいけないものがあるんだと思う。

割と、それが俺の人生を悲観的にもワクワクさせてくれる要素なのだ。


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