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ハッピーですか?

クリスマス気分を過ごしていますか?
大好きな人と過ごせましたか?
楽しかったですか?
ケーキは食べた?七面鳥は?
もしかしてケンタッキー?
いや、どっかのレストランのディナーとか?
シャンパン?
ワイン?
プレゼントは貰いましたか?
何をプレゼントしましたか?
サンタクロースは現れましたか?

ハッピーですか?
ハッピーですか?
ハッピーですか?
ハッピーですか?
ハッピーですか?

俺は愛すべき黒猫のグロスターとクリスマスしました。
いつもより少し高めの缶詰をあげたらガッツガッツ食べてました。
猫ってのは食べたい時に食べる習性があり、一気に食べないらしくて、
グロスターもそうなんだけど昨夜は一気に食べてました。

よっぽど美味しかったんだね。



グロスター!

って呼ぶと必ず返事をするんだよ。
自分の名前をちゃんと認識してるんだね。





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尻尾から字が書けるなんて最高だね!

先日、渋谷にて北京蝶々の『あなたの部品 リトライ』を観劇。


近未来の義肢装具に関するストーリと演出も演劇的要素に拘っていて面白いと思った。

義肢義足が発達しているのは戦争をする国であり、自衛官の義肢義足は、自衛官の手足を奪った国の製品だったという皮肉さも描きたかったのだろうけど、その皮肉を描いてしまった故に作品の根底にあるモノが若干ブレたような感じもした。

人が人に義肢義足を売ってお金儲けするために、人が人の手足を戦争で奪ってしまうみたいな?もし、そこを根本原理に置き据えるのなら、本はもっと凄い本になったと思う。でも十分凄かったけど。
義肢装具師は手足の他に全身も顔面も整形もする。それ故に整形するための部品の一部として、他のパーツも作っていた。その中に女性の性器もあった。性転換するためのものだろう。

最初は義肢装具師の付き合っている彼女の性器から模った的なニュアンスだったけど、実は義肢装具師自身が性転換手術を受けた元々女性な男性であり、作られた女性性器パーツは性転換する前の自分の性器を模ったモノだったのかも。

もし、そうだったとしたら、至極、切なさを感じる。

あなたの部品リトライ。あなたとは性転換する前の自分だったのかもしれない。わからないけど。

出演している役者も皆、達者だった。時折挟まれる演出の意図というのが見えすぎて、途中から芝居を観ているというより演出をまざまざと観ているような感がした。まるで役者達が作品の部品に見えちゃった。

全体的にレベルが高く、ここ最近観た芝居の中では群を抜いてよかった。





ココロニノコル

『のぞまれずさずかれずあるもの』が終わってから、まだ二週間しか経っていないのに何だか、すでに数年前のような感覚に陥っていて、時空の中で右往左往している自分を痛感している。

師走という時期なのもあり、ゆっくりしていようかとも思ったけど、これが中々出来ない。

でも、忙しいのは慣れた。

今年に、どこかで落としたモノや忘れたモノを、来年は拾ったり思い出したり出来るかな?

静と動


今年の8月に千本桜ホールで上演した『口紅を初めてさした夏』のDVDと、11月に同劇場で上演した『のぞまれずさずかれずあるもの』の舞台写真が届いた。

『口紅を初めてさした夏』は俺の地元、三重県伊勢市のケーブルテレビ局アイティービーが劇場まで来て撮影をしてくれた。勿論、伊勢のケーブル番組では放映されて、また正月あたりにも再放送されるようだ。

っで、凄く綺麗に撮ってもらっている。カメラワークもやっぱりプロだなぁ~っと思う出来栄え。アイティービーさん、また伊勢に呼んでくれないかな~?

そして17日のTOKYOハンバーグ忘年会で鑑賞会を予定。ガレージ浮雲にはホームシアターがあり、出演してくれた皆も来るので楽しみだ。

『のぞまれずさずかれずあるもの』は、いつも写真をお願いしているアリセさんからだ。アリセさんは3回目の公演の時からお世話になっている。舞台写真の方も、とても良い。いつもありがとうございます!



口紅
『口紅を初めてさした夏』の1シーン※DVDから。

1636032399_128.jpg
『のぞまれずさずかれずあるもの』の1シーン※舞台写真


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TOKYOハンバーグ3ヶ月間ワークショップトレーニングについて。

まず、トレーニングを試みようと思った理由から。TOKYOハンバーグが過去に上演してきた公演を通し、やはり役者には役者としての『特別な技術』が必要だと実感したからだ。特別とか言っちゃうと大層な事になってしまうが、言い出したら霧がないので大まかに4つにまとめた。

1調音(発声、イントネーション、滑舌)
2読解力(台本分析)
3肉体のコントロール(緊張・解放)
4感情の解放(感情移入)


1調音(発声、イントネーション、滑舌)について。
調音とは文字通り調べる音と書いて調音(ちょうおん)と呼ぶのだが、何の音を調べるかというと、自分の声だ。普段、日常では自分の声など殆どの人が無関心に人とコミュニケーションを取る。しかし舞台上では、そのコミュニケーションを観る人がいる。客席に自分の声がどのように伝わっているか、それは舞台側と客席側を繋ぐ生命線でもあると思う。

良い声で、渋い声で、可愛い声で、その状況によって変化するだろうけど、一番大切なのは、何を言っているのか?これが肝心。当たり前のことね。声が小さかったり、通らなかったり、五月蝿すぎたり、滑舌が悪すぎて何を言っているかわからなかったり、そーゆーのが重なると観る側にはストレスになり舞台上で行われている事に興味がなくなってゆく。だから調音とは、とても大切な事なのだ。
腹式呼吸で腹から声を出すとは使い古されている言葉かもしれないが、それしか言いようがない。お腹の筋肉と横っ腹の筋肉で支えて声を出す。これが基本中の基本なのだ。そして、しっかり訓練すれば3ヶ月~半年で確実な効果が現れる。テレビやネットのダイエット商品みたいに効果には個人差がありますなんて事はない。時間と正しい方法、それと本人の気持ちで誰でも調音はマスター出来る。っが、一度、マスターしたからといって、余裕をぶっこいていると直ぐに声は通らなくなるのでプロスポーツ選手のように日々の訓練が必要なのだ。


2読解力(台本分析)について。
まず戯曲には、その戯曲を書いた人がいる。そして書いた人は、その戯曲を書くにあたり、理由があるはず。本を書かないと作家としての存在意義が・・・なんて事もあるだろうけど、それは触れずに、戯曲に書かれている事が何なのかという事だ。役者はそれを理解して具現化しなければならない。そして戯曲に書かれている事を表現という方法で観る側に伝える。伝えるためには、何が書かれているのかをしっかりと理解しなければならない。台詞の意味、解釈。台詞には文脈があり、そこを押さえる事で言葉が具体的になってくるのである。そして台詞と台詞から見えてくる書かれていない台詞。そういう台詞も戯曲の中にはある。すべては戯曲の中にある。

戯曲に書かれているテーマやメッセージがあるのなら、それらを大木の根っ子の部分としよう。根っ子は地中に根を張り、地上で生活する自分達には物理的に見る事が出来ない。掘れ!というのはなしね。しかし根っ子がどのくら地球に根を張り力強く生きてきるのかを想像する事は出来る。その想像は地上に見える大木の枝葉や幹、そして実や花を見て生まれる。

役者は枝葉や幹、そして実や花になりて舞台に立つ。それを見るお客さんは戯曲の根っ子を想像する。しかし、これが一番の正解だとは言わない。色々な方法論があるからだ。でも間違ってもいない。少なくとも俺の演出や作風は、それ比重を置いている。

上演時間と劇場空間で役者はお客さんと戯曲に書かれている事を表現という方法でコミュニケーションする。それが芝居だと思っている。勿論、パブリックでもあるしエンターテイメントでもあると思う。しかし時代の流れで演劇というのは変化を生じてきたと思う。



3、4も書こうと思ったけど真面目に文章を書くと疲れるね。もう、掻い摘んじゃうね。人にはキャパシティがある。それを10リットル入るバケツとしよう。11リットルの水を注いだらどうなる?溢れるね。これはキャパオーバー。しかし5リットルしか注がなければ残り5リットル入る。余裕があるわけだ。経験の浅い人、方法論を持ち合わせていない人は無駄な緊張感でキャパオーバーとなる。これを必要最低限の水だけだったら、どうだろう?さすれば余ったキャパシティを他の事に使える。無駄な緊張感を排除するために自分を知ることが重要なのだ。自分の身体に、自分の癖に、自分自身に興味を持つ事で新しいことを発見して積み重ねてゆく舞台上で自分自身を支配できる。さすれば舞台上も支配できるよ。自分を支配できるの意味は何となく理解出来るだろうと思うけど、舞台上を支配?って思うかもしれないから例を出す。

サッカーで例を出す。PKってあるよね。ゴールキーパとキッカーの一発勝負。あの時に観客は何を観ている?勿論、キッカーのボールを蹴る行方だよね。もしかしたら違う処を観ている人もいるだろうけど、大抵はゴールするかしないかを観ている。国立競技場に4~5万人動員があれば、8~10万個の目玉がそれを観る。それが支配。舞台上で何人かの役者がいたとする。しかし、どうしてもある役者に目が釘付けになる。これが支配。しかし可愛いとかカッコいいとかで支配されちゃったら悔しいから実力と魅力で支配したいよね!

あと役者としてのスタンスとか演出と役者の関係性とか、色々書きたいけど、やっぱり話す方が理解してもらえると思う。

でも、どれだけワークショップでスキルがアップしてもキャリアップになるかどうかは、わからないよ。偉い演出家や作家のワークショップにいっぱい参加したところでスキルアップ出来るかもわからない。大切なのは自分自身だと最後に言いたい。

人ありきです。

俺も人間として、まだまだ未熟者です。色々な人との出逢いや別れが沢山のことを教えてくれます。そして演劇をやってゆくことでも色々な事を知り、色々な人と出逢い、今があります。今があることで明日もあるのだと思っています。今があるのは昨日があったからです。

見て、聞いて、感じて、思考から行動になる。それが生まれた芝居。その瞬間に生まれては次の瞬間に消えるから儚くも切ない。そこに尊さを感じる。そんな演劇が愛おしい。それはジャンルとか関係なく。

いっしょに模索したいね。募集定員は5~7名で少数です。


しっかりと週一回の三ヶ月間参加できる人を募集しています。

一回1000円と良心的!営利目的じゃないからね。だからといって慈善事業でやる訳でもないから1000円。

時間は18~22時の4時間を一回のトレーニングとして場所はガレージ浮雲と目黒区内の住区施設です。

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極々普通のこと。

TOKYOハンバーグ三ヶ月間ワークショップの話だが、週一という事で何回トレーニングが出来るのか数えたら12日間だった。だから12回×4時間なので48時間だね。

この48時間をどのように進めていけるか考えるのは今一番楽しい。

色々とやってみたい事はあるけれど、スキルを磨くだけではなく、磨いたスキルを役に立たせるためのコミュニケーションという処にも比重を置きたい。

それは処世術とか、そういう事ではなく、極々普通の事だったりする。

人とふれ合う事で自分を見直せる、自分を見直す事で人とふれ合う事の大切さを知る。これは劇場という空間の中で例えると演者と客席との関係にもなる。

さぁ!まだ募集してるよ~。


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相変わらず元気そうで



底冷えするのは昔と変わらなかった。

12年前、3月の中旬に初めて行き、それから5年間通い続けた空間。今はスタジオとなり、面影は残るけど今日行った時はシドのMYWAYが流れ、隠れ家的なセットが組まれ、知っている役者と知らない役者が初めて観る芝居の中で生きていた。

相変わらず元気そうで嬉しかった。でも相変わらず元気な姿を観に行った訳ではなく、相変わらず元気な姿が必死になって書いたであろう芝居を観に行った。内容は本人そのものという感じがして、面白いとか詰らないとか、そういう感覚ではなかった。

今日は昼過ぎから、ずっと左脳に痛みが走り、今も痛いんだけど、観劇中は痛みを忘れていた。

ただ一つ気になったのは、書いた人間と演出している人間の間に距離を感じた事だった。まあ、これは勝手に感じた事だから、気のせいかもしれないが。


カーテンコール後、そそくさとスタジオを出ると外には懐かしい顔の女性がいた。こちらも元気そうで何よりだった。今でも東京でのお母さんだと勝手に思っている。

スタジオがスタジオになる時には毎日、スタジオにするためのお手伝いに行った。思い出の詰まったオートバイやら自転車、小道具など珍しいものがいっぱいあって、それを一つ一つ片づけて、沢山の名前と汗がしみ込んだ平台を泣きながら壊したのを今でも覚えている。

その空間にはディーツというドイツの犬がいて、よく散歩に連れて行った。ディーツはワイマーラという犬で力が強く、大きくて、綺麗で、甘えん坊だった。散歩という言葉を出すと半分になった尻尾を振って、オリンピック選手のように走り回り、少し離れた公園に行くのを楽しみにしていた。勿論、俺も楽しみの一つだった。

3、4年前のある日の早朝、東京のお母さんだと思っている人からディーツが天に還ったとメールが届いた。突然の出来事だった。俺は夜勤のバイトをしていたので、それが終わると花を買って東京のお母さんに会いに行った。憔悴したお母さんを見るのは二度目だった。

誤解曲解が俺を頑なにした時期があった。すべてを語るのはナンセンスだとも思った。それはディーツより先に天に還ったディーツの飼い主でもあり、自分の師匠でもあった人からの最後の試練だと受け入れ、スタジオに行くことはなくなり、自分の歩み道を進んできた。


スタジオを出ると東京のお母さんは俺だと気がつかなかった。それで良いと思ったのに、5,6歩、進むと後ろから元気にしてると声をかけてくれた。

はい。

そうとしか言えない俺はすぐに帰路へ。

オートバイを走らせ、今日観た芝居と、スタジオになった空間に通い続けていた頃のことを思い出し、当時いっしょに芝居を学んだ人たちの顔と、情熱と熱情を注いで指導してくれた師匠の言葉が、痛みの走る左脳に響き、頬を突き刺す冷たい風すら感じさせなかった。



俺は今、最高の仲間たちに囲まれながらTOKYOハンバーグをやっている。

土屋も相原も金重も俺もみんなダメ人間なのに、ダメじゃない人間よりも生き生きして演劇をやっている。ダメとは言葉の意味であって意識にあるものではない。

ダメじゃないというもの同じだ。

もっと人間らしくありたい。

改めて想った夜だった。

スタンスとアドバイス


12月2日18時半より両国にて希望舞台プロジェクトの『みなし子』を観劇。

大東亜戦争で孤児になった子どもたちの話だった。

全国をまわるそうだ。羨ましい。

この舞台には愛すべき6ちゃんこと和田緑郎さんが出演している。6ちゃんってやっぱりカッコ良いなぁ~っと思いながら板の上の6ちゃんを眺めていました。

6ちゃんは、実はハンバーグ公演にも3本程出演している。

今は富さん(8月公演の出演者)と同じ劇団で頑張っていて2月に公演があるそうだ。そっちも楽しみです。

今年は執筆などで忙しなく、お誘いの公演をかなり不義理にしてきちゃったけど、残り一ヶ月はもう何もないので出来るだけ芝居を観に行こうと思っている。

あ、ハンバーグの忘年会が17日にあったっけ。ガレージ浮雲でやるから、料理は俺が腕を揮って美味しい料理を作ろう!相原、金重、土屋、フォローよろしく。

あと来年の1月中旬からスタートする3ヶ月間ワークショップの募集も今月いっぱいで締め切る。その情報は、そーいえばブログやHPではまだアップしてなかった・・・


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