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ザックジャパンおめでとう!ありがとう!



今日は日本中寝不足なのかな?

昨夜は興奮したね!4度目のアジアカップ優勝だもんね。

ワールドカップだとアジア枠は4カ国だから実質ベスト4の時点でワールドカップレベルだもんね。日本のサッカーのレベルも確実にワールドクラスだね。玉際の強さ、細かいスペースでのパス回し、ディフェンスラインを切り裂くスルーパス、サイドからセンタリングとサッカー好きの俺からしたら面白い攻撃的サッカーだよ!

MVPに選ばれた本田選手は本当に素晴らしいと思う。フィジカルの強さ、メンタル面、頭の回転も速い!何よりも気持ちが強い!香川選手は怪我して残念だけど、素晴らしいドリブラーだね。早く治ってドイツでの活躍を期待しています。今回の代表の中で一番注目してたのがキャプテンを務めた長谷部選手。統率力ともいうべきか、世代交代した若いチームをよく引っ張ったと思う。攻守にわたり素晴らしいプレイを見せてくれたよ!感動しっぱなしだった。

昨日の決勝では素晴らしいセンタリングを上げた長友選手と絵に描いたようなボレーで決勝点を決めた李忠成選手!李忠成選手のブログを読んだけど、今までに沢山の複雑な気持ちがあったと思う。けど試合終了後のインタビューで、これからも日本代表を応援してくださいというコメントに、気持ち良さを感じた。嬉しかったね。

でもこれだけの短期間でチームが変わるのは、やっぱりザッケローニ監督の力だね。昨日の試合では一か八かなのか練習してたのか解らないけど、中盤の藤本選手とディフェンスの岩政選手を交代させてディフェンダー5枚のカテナチオを敷くのかと思いきや、サイドバックの長友選手を中盤に上げ、より攻撃的にシフトチェンジした采配が長友選手の決勝点になるセンタリングを生んだ。

ザックジャパンで次のワールドカップも闘ってほしいね!

サッカー最高だね!ハンバーグメンバーは誰もサッカーに興味ないから、いつも俺だけが一人盛り上がっている状態・・・

土屋なんか韓国戦の後にメールで『勝ってよかったな』だって。

すげー他人事。

オメーの国だろ!!!!!!

ニワカファンだろうと何だろうと日本でサッカーが盛り上がってくれるのは嬉しい。


演劇もこんな感じで盛り上がってくれると嬉しいのになぁ~っと思いながらワークショップトレーニングを行っている。



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前回の続き。



新宿シアター・ミラクル支配人の星英一氏の『ITが発達したがゆえに逆に身内客しか劇場に来なくなって演劇は退化しているのではないか』という意見に関して、確かに小劇場の客席には身内客が多いと思う。

ずっと前にこのブログでも書いたけれど、客席が同業者や業界関係者、玄人や一部の演劇マニアばかりで満席になったとしても何だか違うような気がする。満席になれば、そりゃ興行的には成功であるのかもしれないけれど、演劇がとても狭い世界で行われている事になる。

満席は嬉しい、テンション的にも『HI』になる。だけどやっぱり一般のお客様、まだ芝居を観た事がない方々に触れて貰いたい、演劇という素晴らしい事に。

それはどこの劇団でも直面しなければいけない理想だし、理想を現実に変えてゆく想像と行動が劇団を継続させる大きなエネルギーだと思っている。

其れに関して、何か良い案がないか考える事が多い。

然し、演劇界に友人知人が少ない俺でも、この人にはTOKYOハンバーグの公演を観てほしいと思える同業者もいる。付き合いが長い=信頼関係とは言えないかもしれないけれど俺の作品を昔から観てくれている人には、毎回観て頂きたいし、上演した芝居のクオリティーに対しての意見も聞かせて頂きたい。

上演したもの勝ちとか、そーゆー意見も聞くけれど、上演=晒すと捉える自分としては賛否両論の良い方だけに耳を傾けているだけでは本質的な成長は難しいと思う。

痛い事を言われて、それを受け入れなくてはいけない状況も過去にあった。そしてお金を取って上演するという事は賛否両論のすべての意見に対峙しなければいけない。

それが上演する側の責任と覚悟だ。

昔、ある偉い劇作家が自分の作品を観た若者に作品の内容に関して疑問符を投げかけられたそうだ。その劇作家は若者に君が勉強不足だからわからないのだよと言ったという。

例えば歴史上の事実や事件などをドキュメントタッチで描かれた作品ならば、その出来事を知らない人は解らない事もあるだろう。しかし自分の世界を描いた作物であるならば、観る側の勉強不足だから解らないというのは一方的だし押し付けがましいとも思う。

縦しんば歴史上の事を取り扱っても、作品の中でそれを伝える事が、観る人への配慮ではないだろうか?それは媚を売るとか、説明的にしろとか、そういう事ではない。そこが演劇の難しいところでもある。

演劇好きは演劇が好きだからやっている。劇作家も戯曲を書くのが好きだから書いているのだと思う。好きという言い方だと安っぽくも聞こえるけれど、しっかりとした心持だと捉えてほしい。どれだけの心持で演劇に携わっても、それが芸術性の高いモノだとしても、発信する方は受信する存在を忘れてはいけない。受信側の発信させたい気持ちを感じなければいけない。

発信する側の傲慢な姿勢が演劇界を退化させている一つの理由でもあると思う。それが続くと演劇界は圏外になってしまうだろう。




漠然したモノ

演劇を志す自分にとっては至極興味深い記事を発見した。俺のブログの閲覧者で同じく演劇を志す人、演劇を愛する人、たまたまネットサーフィンしてたら俺のブログに行き着いた人、まだ一度も演劇を観た事がない人、つまり皆、読んでほしいかも。

以下コピペ。


「創り手と観衆との距離が縮まったが為に死んだ批評性」

フリンジのリフジン Posted by 荻野達也 
Twitter上で1月22日~23日にかけ、新宿シアター・ミラクル支配人の星英一氏と、観客のK_OSANAI氏のあいだで、たいへん興味深い意見交換があった。私の書いた「いまの東京の小劇場界を盛り上がっていると感じている人は、大きな勘違いをしていると思う」にも通じるところが多いと感じるので、Togetterでまとめさせていただいた。

Togetter - 「演劇コミュニティを巡る星英一氏とK_OSANAI氏の意見交換」

赤字でデコらせていただいたが、星氏の書かれている、ITが発達したがゆえに逆に身内客しか劇場に来なくなって演劇は退化しているのではないかという指摘や、終演後に身内客であふれる客席を見ると、そもそも演劇をやりたくてやっているのではなく、コミュニケーションの目的がたまたま演劇だったのではないかと感じる点などは、本当に考えさせられる。

Twitterによる劇場キャンセルの穴埋め企画を実現したり、演劇ツイートまとめサイト「TwitStage」を運営する星氏自身がこのようなジレンマを抱えていることは、演劇の間口を広げるということがいかに難しいかを物語っている。なにが正解なのか、走りながら考え続けなければならない時代だが、そこで羅針盤になるのが、まだ演劇に出会っていない観客の視点だろう。演劇にどっぷり漬かっている人ほど、第三者の視点を持ち続ける必要がある。視点をいくつ持てるかが、ブレイクスルーの基本だと思う。

ところで、K_OSANAI氏は「創り手が、唐vs寺山みたいなガチと注射が半ばするエンターテインメントを繰り広げられなくても」と書いているが、これをやりたいと思っている演劇人はいると思う。この背景にはカンパニー制が緩くなり、客演への依存度が増した現在の創作システムがある。喧嘩したくても、今後のことを考えるのだろう。でも、相変わらず身内だけの飲みの席ではいろいろ言っているはずで、それをもうちょっと表に出してもいいんじゃないか。志ある人は、ぜひ熱いバトルを見せていただきたい。

距離が縮まると批評が難しくなるのは、もちろんこのfringeにも言えることなので、その点は最大限の配慮をしている。是々非々がこのサイトのモットーであり、それが出来なくなったらサイトを閉じるときだと心得ている。

※ソース
http://fringe.jp/blog/archives/2011/01/24030802.html



自分率いるTOKYOハンバーグが演劇界の、どの辺りにいるのかなんて、自分たちは認識していなけれど、自分達も厳然と演劇界で演劇をやっている。つまり現場からの意見だが、この「いまの東京の小劇場界を盛り上がっていると感じている人は、大きな勘違いをしていると思う」に対して、俺は逆に今の東京小劇場界は盛り下がってゆく一方だと捉えている。演劇人に知り合いが少ない俺が言うのも説得力がないかもしれないが、他の演劇人も俺と同じ事を思っている人は少なくないはず。

そもそも演劇の歴史はメディアなんかよりも圧倒的に長いのに、なんだか一般社会の片隅に追いやられてゆくような感じすら覚える(とくにキャパ100人前後の小劇場でやっている演劇と座組み)ITが発達した故に身内客しか来なくなったのではなく、演劇より面白い物や事が増えた便利な世の中になったのだとも思っている。

デジタル社会の津波にのみこまれてゆくアナログな演劇。

逆を返せば、演劇より面白い物や事が増えたのではなく、演劇が段々詰まらなくなっていったのかもしれない。演劇人の、演劇は演劇人のためだけにあるという考えから、一方的な芝居、玄人にしか理解出来ない芝居を行ってきた歪が、現代の演劇に対する一般社会のイメージではないだろうか?そして、そのイズムを継承する演劇人もいると思う。

そして古い演劇人は自分達の演劇を継承する若い演劇人しか認めないという風潮もあると思うけれど、それは他の世界もあるものだと思う。

だけど演劇は誰のモノでもない。

劇場で芝居を観るという発想が皆無の人たちの演劇に対するイメージは『芸能界で仕事がなくなってきた人たち』や『これから芸能界で頑張ろうとしている人たち』の仕事の場だと思っているかもしれない。まあ、無きにしも非ずだけれど。

コミュニケーションの目的がたまたま演劇だったとしても、まだ演劇に出会っていない観客が演劇と出逢い、演劇に対して何度も出逢いたいと思ってくれる人が増えるのであれば、それは素晴らしい過程と結果だと思う。でも一番肝心なのは『また出逢いたい演劇』だ。

たまたま入ったラーメン屋で本当に美味しければ、またそのラーメンが食べたくなるだろう。しかし、たまたま入ったラーメン屋のラーメンが不味ければ、そのラーメン屋に再び行く事はないだろう。
創り手の自分達は、続けていれば増えてしまう結果的に思い出に過ぎない演劇造作時間を過ごすのだろうけれど、観衆は創り手の思い出を観に来るのではないからね。

やはり観る側は舞台上に求める漠然したモノがあり、それを具体的に体感させるのが創り手だと思うんだよ。

漠然としたモノ。

これは世の中が便利に成り過ぎた故に、気付かなかった想いや、忘れてしまった気持ち。そーゆーのって目に見えないモノだし共有しにくいモノでもあるだろうから、俺はそこら辺を模索してゆきたいよ、演劇って方法とTOKYOハンバーグのみんなで。

まだ演劇に出会っていない観客が演劇と出逢うため、TOKYOハンバーグでは前回公演の時にメンバーと常連化した客演の面々が、稽古期間に上演する劇場の最寄り駅(学芸大学駅)商店街の飲食店やら雑貨店、服屋やマッサージ店など、殆どのお店に公演チラシを置かせて下さい、貼って下さい、吊らして下さいとお願いしに一軒一軒周ってくれた。

俺は脱稿が遅れていたため手伝う事が出来ず、本番期間に入ってからもメンバーの相原は駅前で通行人にチラシを配っていた。今度こそは手伝おうと思、相原に着いていったものの、大西さんはガラが悪いから、大人しくしていて下さいと言われる始末。でも、メンバーや客演の気持ちが嬉しくて嬉しくて、執筆時は目頭を熱くしたのを覚えている。

この努力がどれだけ功を奏するか短期間ではわからないけれど、次回も頑張って続けてゆくしかなくて、俺は俺で観る側の舞台上に求める漠然したモノに応えられる戯曲を書くしかないんだよね。






文脈から感情を掘り起こす。


少し遅くなったけれどイナダプロ・プロデュース公演 「蠍を飼う女」を先日観に行った。ハンバーグメンバーの土屋が客演してた公演ね。

50年も前に青年座で上演された作品だそうだ。

自分が生まれる前の出来事だけれど人類の歴史から考えて、50年という時間をそんなに昔という感じがしない。そう感じないのは現代があまりにもデジタル化され、歴史でも何でもネット検索すればいくらでもヒットするからであろうか。

然し、この作品を観ていると歴史を感じた。

設定が初演当時だというのもあり台詞なども今とは違う。それは喋り方という現象的な事ではなく、会話、文脈から見えてくるモノから歴史を感じる。

全体的にテンポも良く役者も達者だったので面白いと思ったけれど、母親役を若い女優が老けでやっている事に違和感を感じて仕方がなかった。その女優が下手とか、そういう意味ではないく、寧ろ達者な女優だったが、やはり無理があると思った。芝居だから仕方がないのかもしれないけれど、そこが一番勿体無いような気がした。

土屋先生は、やたらと体を張って頑張っているなぁ~という印象だった。いっしょに観に行った相原は今までの土屋さんの中で一番面白かったと終演後の酒の席で土屋に伝えていた。

俺の印象としては、良かったとは思うけれど、もう少し出来たんじゃないかなっと感じた。例えば文脈から掘り起こす感情。でも、それは次回から参加するワークショップで具体的に伝えてゆこうと思う。





TOKYOハンバーグ5月公演【主演を含む】出演者オーディションのお知らせ。


TOKYOハンバーグでは2011年5月に上演するTOKYOハンバーグProduce Vol.9『髪結う時』の出演者を広く募集し、ワークショップオーデションを二日間に渡って開催致します。

その時だけは威嚇せずに


数日ほど、実家に帰っていた。


俺の家にはモモコという老犬がいる。もうヨボヨボのお婆ちゃん。

16年前、中学生になった弟が拾ってきたんだけど、当時、俺は四央工に進学して寮暮らしだったからモモコと暮らしたことは一度もない。高校を卒業してからも実家で暮らすことがなかった俺は、年に一度帰るか帰らないか、その程度でしかモモコと会う事がなかったのに、ちゃんと俺が大西家の家族の一員だって事を認識していた。

他の人が家に来た時は吠えたり、甘えたりもするらしいんだけど、俺への甘え方は他の人と違ったみたいで、両親も弟も、モモコの俺への接し方に驚いていた。ワンワンとは吠えずクィ~ンクィ~ンと縋りよってくる感じで尾っぽをいつもと違うように振る。朝起きたら俺の寝ている布団の中で寝ている時もあった。

犬の16歳は人間の80歳にあたるという。だから避けられない事も色々出てくる。





衝動が生まれてくる様に


先日より始まったTOKYOハンバーグ初の3ヵ月間ワークショップ。

実のところ過去に単発的なワークショップは何度か行っている。6回目の公演『月光の在り処』ではワークショップオーデションを二日間に渡り開催した事もあった。しかし今回と過去に行ってきたワークショップの大きな相違は、やはり期間と内容だ。

3ヵ月間で計11回。しっかりとしたカリキュラムを自分の経験と実感の中から組んだ。役者のレベルアップは勿論、スキルというものを具体的に向上させてゆく。

初日のメニューは、まず今回のワークショップの経緯と概要を説明してからストレッチング、ブラジル体操。そして『見る』という事に比重を置いたゲーム。最後はエチュード。

台本というものがあり、その台本には台詞が書かれていて、役者はその台詞を覚えれば芝居は最後まで進む訳だが、それが恐い。台詞を間違えなければ良いという訳ではないからだ。同じ台詞でも、そこに感情があるかないかでは、まったく違う台詞に聞こえる。そしてその様も違うだろう。それは台詞の言い方ではない。その瞬間に生まれた感覚から言葉を発してほしいのだ。

その瞬間。一瞬間。儚さ。

それが、凄く難しい。予め用意しておいた感情ではダメ。そのシーンに合わせた感情でもダメ。その瞬間に生まれる感情こそ、観る人の心を奪う。しかし、そのシーンは次の瞬間には消え、新しいシーンに進んでいる。まるで夜空に咲く花火のように尊くなければ、そこを目指したい。

そのためには、準備が必要だ。自分の経験、想像力、それらに関する勉強。これらは役を演じるのなら当たり前の事なんだけれど、その当たり前の事を発揮出来る自分であるかどうか、そのためにトレーニングが必要だと思うのだ。





初の再演だYO!


えっとね。

5月の公演なんだけど、サッカーを題材とした作品を上演しようと思っていて、構想を練り、プロットを書き上げて執筆に入ると、どうしてもスケールが大きくなってしまって、上演する劇場の大きさと作品のキャパが一致しなくなっちゃった。

だからって妥協するのとか嫌だし、でも現実的に考えて、ストックとして温存する事にしたんです。

楽しみにしていてくれた皆さん、ごめんよ~!マジごめんなさい。って事で、違うストックから引っ張り出して書こうとも考えたんだけど、なんか腑に落ちなくてね。

ど~しようかな~って考えていたんだけど、TOKYOハンバーグの過去の作品の中で色々な人から再演してほしいって作品があるんだけど、それをね、再演しようと思った次第です。






芽生える。


2011年をより良い年にするために、自分自身がどうあるべきかを考えた。

演劇と対峙する時、自分と同じ空間にいる人間と対等である事を心がける。

平等ではなく対等。

今までは自分の事ばかりになっていたような気がする。確かに自分自身でやりとげた事もある。自分が頑張ってきたからという自負もあるけれど、その頑張ってきた自分の周りには、いつも協力や応援してくれた人々がいたからだと改めて思う。

人と人の関わりに焦点をおきながら演劇と対峙しよう。

13日からはTOKYOハンバーグ初のワークショップも始まり、約3ヵ月間、講師としての責任を背負いながら参加者と共に成長してゆく事を目標としたい。

机上の空論を並べたてるより、まずは実践。失敗や恐怖を恐れずに誠実な気持ちを持って挑んでゆきたい。

ワークショップでは、どういう事をやってゆくのか、またはやったのか、それはレポートをします。
最近はスタニスラフスキーやソンフォード・マイズナー、リー・ストラスバーグの本を読み直している。勿論、ワークショップをより良くしたいために読み直しているんだけれど、以前は読んでおいた方がという意識だった。今は違う意識で読んでいるので何だか違う本を読んでいるような感覚だ。

そしてもう一冊。

演劇とはまったく関係のない本なんだけど、至極興味深いので読んでいるのが、リクルート事件の『真実』という本。

正義でなければいけない検察が証拠改ざんという事件を起こした昨年、正義とは何なんだろう?というシンプルな疑問符が頭の上にピコンっとテカる。





旅だね。


2010年って、どんな年だった?

という事で今更振り返ってみるのも悪くないだろ?

◆ワークショップで使用する短編テキスト5,6本。
◆子役向けのレッスンで使用する短編テキストを5,6本。
◆『堕ちてゆくなまもの』を劇団わらくへ書き下ろし役者としても出演。
◆『口紅を初めてさした夏』をTOKYOハンバーグで上演。作・演出。
◆『のぞまれずさずかれずあるもの』をTOKYOハンバーグで上演。作・演出。



平和で健やかな

新年あけましておめでとうございます。

昨年は色々な方々に大変お世話になりました。
今年もよろしくお願いします。


っと新年のご挨拶は、このくらいにしておいて
今年は笑顔を絶やさずに過ごせたらと思っています。

TOKYOハンバーグでの活動は、まず5月に公演があります。
その次は秋頃かな?10回目の公演になるので若干頑張っちゃいます!
あとは初の3ヶ月間ワークショップも張り切ってやってゆきたいと思います。

それと土屋先生が今月に客演があります!
あと相原&金重の出ているCFが今月末から全国放送で流れるそうです!




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