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少しの生きる希望を掌に。


先日の稽古後、ハンバーグメンバー6人が集まり、公演企画のミーティングをした。
とっても大事な時間だと思う。だって、自分達のことなのだから。

ハンバーグが、まだ俺だけだった頃、全部、俺一人でやっていた。
今と比べると、こなす仕事の数は少ないけれど。
でも、全部一人だった。
それは当たり前、だって俺だけだったし、俺のハンバーグだったから。

今は違う。

俺が一人でやってきた事+αを、今はメンバー達が自発的に調べたり探したりしている。そういう姿勢を見ていると心強く思うし、色々言うけど、このメンバーで劇場公演という作業を出来ること、俺は思い出だけなんかにしたくない。
しっかりとした結果にしたいし、そうするためにも過程を大切にしてゆきたい。

共通意識さへ、しっかりしていれば、他の事は後からついてくる。
仲間とは仲が良い事だけでは成り立たない。

ともに苦しみ、ともに分かち合い、ともに触発して、ともに喧嘩もして、ともに笑い、泣き、悔しがり、奮い立ち、まだまだあるけど、本当の仲間と想える人は、そんなに多くなくても良い。本物の仲間が一人でもいれば、それは最高だ。




最近は、ブログをあまり更新しなくなったせいか、読んでくださっている方から有難いメッセージを頂いた。

少し前に比べるとブログの更新率が悪くなり、何だか少し申し訳ない気持ちになる。
が、そういう方がいてくれるのは素直に嬉しい。

今年に入って自分の内面や想いを綴るのが少し怖くなった。
文章を書くのに躊躇う日々だった。
つまり、自分という存在が、少しわからなくなった。

それでも戯曲を書かなければ劇作家として成立しない。

知識も教養も無く、独学故に劇作家としての技術や経験も乏しい俺には、自分の恥部を晒け出すしか武器も無く、自己嫌悪の連続で明日を迎えるのすら恐怖を感じる日々もあった。

少しの生きる希望を掌に、それと真逆に背骨が折れてしまいそうな負のエネルギーを背負い込み、そんなものばかりが詰まった心で、役者や観客に、いったい『何を』投げかければ良いものなのだろうか、そんな疑問符が、またもや背骨を折ろうとした。

どれだけ頑張っても報われない事もあり、自分に出来る事は自分に出気る事までなのだと、開き直りに似た感覚に陥った瞬間もあった。

そして『最大限の努力』と『無謀な挑戦』には大きな相違があると知った。

今までの自分は、表現者であり続ける上での人間関係に対して不信感を募らせ、そこを打破すべき方法論と行動を繰り広げ、時には向こう見ずの乱暴者でもあった。

そして自分が楽しむのは厳禁なんだと、勝手に決め付けてしまい、苦しむ方向へ歩んでいた。しかし、それは戯曲を生む苦しみではなく、もっと普遍的な事だった。

自分の描いた世界や、それを立体化してゆく姿に、あるいは自分の何かに価値をつけるのは、やはりそれを目の当たりにするお客様であり、その時のために、自分の心を大切に磨いておくのが表現者である。

だからこそ、他人や自分を欺いたり、傷つけたり、格好ばかり付けても、何の値打ちも無い『飾り物』になる。

舞台の上だろうと、日常だろうと、俺は『飾り物』にはなりたくない。
何故ならば俺は『生き物』であり『なまもの』でもあるからだ。
新鮮でなくなると、身も心も腐ってしまう。

そう考えると、煩悩の日々というのは、ある意味、己を新鮮に保たせてくれるような気がする。食べ物でも人間でも腐ってしまったら終わり、二度と新鮮な姿に戻る事は出来ない。

俺は、そう思うんだよ。



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ただただ純粋に。


今日も一日が終わったという感じ。
毎日のように行われる稽古は、順調とは言えないが、それなりに前に進んでいる。

日付も変わり、昨日は『口紅を初めてさした夏』の稽古だった。
やっと全部のシーンの荒通しが終わり、次回からは抜き稽古に入る。

俺は、とっても細かいので、中々前に進めないのは想定内。
ただただ、丁寧にその瞬間の描写を具現化したいだけなのだ。

口紅の初演時を観てくださった方は存じているだろうが、この作品は子どもが出てくる。

蓮って名前の少女だ。

この蓮って役を、斉藤花菜ちゃんが今回は演じる。
小学校5年生なのだ。

彼女は、大人の中に交じり、彼女なりに作品と向き合おうとしている。
多分、今まで出てくれた子役の中で、俺に一番優しくされていない。
共演者も、大西は花菜ちゃんに厳しいなって思っていると思う。

彼女は、とても感性が良い。
今まで見てきた、子どもたちよりも、ずば抜けている。
だから俺は優しくしない。

でも、まだまだ、その感性は、未完成であり、俺は開花させるために、言葉を選び、接し方も工夫して、彼女と話をする。きっと、怖いオッサン、いや兄ちゃんだと思っていると思う。

俺は、気に入られたいなんて、これっぽっちも思っていない。
別に嫌われても構わない、彼女が舞台上で躍動的に存在するのなら。

花菜って名前、素敵だと思う。

小さな花が咲き誇るのを俺は楽しみで仕方がない。



もうひとつの作品『夏の終わりを告げた手紙』は、今日行うはずの稽古が中止になった。
前回の中止は俺の執筆。今回は俳優のNGがあって、稽古が出来ない訳だ。

俺は、全然平気。俳優たちは少しでも稽古をしたいだろうけど。
無暗に稽古を重ねても、それは気休め。だから一回一回の稽古を丁寧に積み重ねてゆくしかない。

俺は、それを求める。
如何に丁寧に出来るかだ。

今月の24日から劇場入り前日の7月29日までスタジオでの稽古に入る。
一か月以上のスタジオ稽古。

小劇場では、あまり聞かないよね。
金の問題だけれど、意識の問題でもある。

24日から、両方の座組みの稽古を毎日行ってゆく。
バランスを考え、一日で、両方行う日もあれば、午後、夜間と別れて行う日もある。
でも、俺は毎日稽古。

こういう環境に自分をおいてみたかった。
ハンバーグ創った頃に考えていたことが現実になる。

考えてみれば6年目。

背伸びをして、やっと届いた現実。
俺は自分と向き合い、闘うだけ。

他人が、どうあるかなんて、どうでもいい。
俺が、どうあるかが大切なだけ。

心の奥に問いかけると、いつもちゃんとした答えがある。

逃げ道は作らない。
楽な方には進まない。
身の程をいつも痛感する。

純粋に、ただただ純粋に演劇と向き合いたい。


二つの作品。
俺が描く意味と意義を抱いて上演するんだよ。
この二つじゃないと、今はダメなんだってところで。
他のじゃダメ、この二つじゃないと。

この気持ち、わかるかな?






自分のすべてを費やしたい。



日付も変わり、今日は夕方から新作の『夏の終わりを告げた手紙』の稽古がある。
が、然し、まだ脱稿していないので稽古は書き上がっているシーンまでの初読み。
そして出演者も全員揃う訳ではない。
本番中の方が2人いる訳だ。



二つの夏


さっき、8月公演の顔合わせが終わって、親睦会で飲んで帰ってきた。

ハンバーグ6年目。

二本立てのロングラン。

色々な面でメンバーたちも四苦八苦しているけど、それで前に進めないなら、その程度なんだよってことを知ってほしい公演でもある。

言い訳するのも逃げ道作るのも、何かのせいにするのも、誰かと比べるのも、その程度なんだってことを知ってほしい。

今、自分たちが何をやって、その先に何があるのか、何を得るのか、何を失うのか、それを想像してほしい。

身の程を知ってほしい。

俺らに必要なのは、努力と切実と直向と優しさと厳しさ。

しょうがないじゃないって開き直ってる奴の顔なんか見たくないね。

お前より、もっと苦しいところで闘っているやつ、この無機質になってゆく現代でいっぱいいる。

っと自分に戒めて、今夜は寝る。

明日から稽古。


ああああ、公演の詳細、HPにもアップしてない・・・

もうちょっと待ってくださいね。

チラシだけアップしておきます。



201208チラシ表1 201208チラシ裏1


TOKYOハンバーグ公式サイト<br /><br /><br /><br /><div class=
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