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漠然したモノ

演劇を志す自分にとっては至極興味深い記事を発見した。俺のブログの閲覧者で同じく演劇を志す人、演劇を愛する人、たまたまネットサーフィンしてたら俺のブログに行き着いた人、まだ一度も演劇を観た事がない人、つまり皆、読んでほしいかも。

以下コピペ。


「創り手と観衆との距離が縮まったが為に死んだ批評性」

フリンジのリフジン Posted by 荻野達也 
Twitter上で1月22日~23日にかけ、新宿シアター・ミラクル支配人の星英一氏と、観客のK_OSANAI氏のあいだで、たいへん興味深い意見交換があった。私の書いた「いまの東京の小劇場界を盛り上がっていると感じている人は、大きな勘違いをしていると思う」にも通じるところが多いと感じるので、Togetterでまとめさせていただいた。

Togetter - 「演劇コミュニティを巡る星英一氏とK_OSANAI氏の意見交換」

赤字でデコらせていただいたが、星氏の書かれている、ITが発達したがゆえに逆に身内客しか劇場に来なくなって演劇は退化しているのではないかという指摘や、終演後に身内客であふれる客席を見ると、そもそも演劇をやりたくてやっているのではなく、コミュニケーションの目的がたまたま演劇だったのではないかと感じる点などは、本当に考えさせられる。

Twitterによる劇場キャンセルの穴埋め企画を実現したり、演劇ツイートまとめサイト「TwitStage」を運営する星氏自身がこのようなジレンマを抱えていることは、演劇の間口を広げるということがいかに難しいかを物語っている。なにが正解なのか、走りながら考え続けなければならない時代だが、そこで羅針盤になるのが、まだ演劇に出会っていない観客の視点だろう。演劇にどっぷり漬かっている人ほど、第三者の視点を持ち続ける必要がある。視点をいくつ持てるかが、ブレイクスルーの基本だと思う。

ところで、K_OSANAI氏は「創り手が、唐vs寺山みたいなガチと注射が半ばするエンターテインメントを繰り広げられなくても」と書いているが、これをやりたいと思っている演劇人はいると思う。この背景にはカンパニー制が緩くなり、客演への依存度が増した現在の創作システムがある。喧嘩したくても、今後のことを考えるのだろう。でも、相変わらず身内だけの飲みの席ではいろいろ言っているはずで、それをもうちょっと表に出してもいいんじゃないか。志ある人は、ぜひ熱いバトルを見せていただきたい。

距離が縮まると批評が難しくなるのは、もちろんこのfringeにも言えることなので、その点は最大限の配慮をしている。是々非々がこのサイトのモットーであり、それが出来なくなったらサイトを閉じるときだと心得ている。

※ソース
http://fringe.jp/blog/archives/2011/01/24030802.html



自分率いるTOKYOハンバーグが演劇界の、どの辺りにいるのかなんて、自分たちは認識していなけれど、自分達も厳然と演劇界で演劇をやっている。つまり現場からの意見だが、この「いまの東京の小劇場界を盛り上がっていると感じている人は、大きな勘違いをしていると思う」に対して、俺は逆に今の東京小劇場界は盛り下がってゆく一方だと捉えている。演劇人に知り合いが少ない俺が言うのも説得力がないかもしれないが、他の演劇人も俺と同じ事を思っている人は少なくないはず。

そもそも演劇の歴史はメディアなんかよりも圧倒的に長いのに、なんだか一般社会の片隅に追いやられてゆくような感じすら覚える(とくにキャパ100人前後の小劇場でやっている演劇と座組み)ITが発達した故に身内客しか来なくなったのではなく、演劇より面白い物や事が増えた便利な世の中になったのだとも思っている。

デジタル社会の津波にのみこまれてゆくアナログな演劇。

逆を返せば、演劇より面白い物や事が増えたのではなく、演劇が段々詰まらなくなっていったのかもしれない。演劇人の、演劇は演劇人のためだけにあるという考えから、一方的な芝居、玄人にしか理解出来ない芝居を行ってきた歪が、現代の演劇に対する一般社会のイメージではないだろうか?そして、そのイズムを継承する演劇人もいると思う。

そして古い演劇人は自分達の演劇を継承する若い演劇人しか認めないという風潮もあると思うけれど、それは他の世界もあるものだと思う。

だけど演劇は誰のモノでもない。

劇場で芝居を観るという発想が皆無の人たちの演劇に対するイメージは『芸能界で仕事がなくなってきた人たち』や『これから芸能界で頑張ろうとしている人たち』の仕事の場だと思っているかもしれない。まあ、無きにしも非ずだけれど。

コミュニケーションの目的がたまたま演劇だったとしても、まだ演劇に出会っていない観客が演劇と出逢い、演劇に対して何度も出逢いたいと思ってくれる人が増えるのであれば、それは素晴らしい過程と結果だと思う。でも一番肝心なのは『また出逢いたい演劇』だ。

たまたま入ったラーメン屋で本当に美味しければ、またそのラーメンが食べたくなるだろう。しかし、たまたま入ったラーメン屋のラーメンが不味ければ、そのラーメン屋に再び行く事はないだろう。
創り手の自分達は、続けていれば増えてしまう結果的に思い出に過ぎない演劇造作時間を過ごすのだろうけれど、観衆は創り手の思い出を観に来るのではないからね。

やはり観る側は舞台上に求める漠然したモノがあり、それを具体的に体感させるのが創り手だと思うんだよ。

漠然としたモノ。

これは世の中が便利に成り過ぎた故に、気付かなかった想いや、忘れてしまった気持ち。そーゆーのって目に見えないモノだし共有しにくいモノでもあるだろうから、俺はそこら辺を模索してゆきたいよ、演劇って方法とTOKYOハンバーグのみんなで。

まだ演劇に出会っていない観客が演劇と出逢うため、TOKYOハンバーグでは前回公演の時にメンバーと常連化した客演の面々が、稽古期間に上演する劇場の最寄り駅(学芸大学駅)商店街の飲食店やら雑貨店、服屋やマッサージ店など、殆どのお店に公演チラシを置かせて下さい、貼って下さい、吊らして下さいとお願いしに一軒一軒周ってくれた。

俺は脱稿が遅れていたため手伝う事が出来ず、本番期間に入ってからもメンバーの相原は駅前で通行人にチラシを配っていた。今度こそは手伝おうと思、相原に着いていったものの、大西さんはガラが悪いから、大人しくしていて下さいと言われる始末。でも、メンバーや客演の気持ちが嬉しくて嬉しくて、執筆時は目頭を熱くしたのを覚えている。

この努力がどれだけ功を奏するか短期間ではわからないけれど、次回も頑張って続けてゆくしかなくて、俺は俺で観る側の舞台上に求める漠然したモノに応えられる戯曲を書くしかないんだよね。








客演への依存度が増した現在の創作システムに関しても、
少し言いたいけれど、次回って事で。

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TOKYOハンバーグ公式サイト

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