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TOKYOハンバーグ第九章 『髪結う時』

3月26日18時より
ガレージ浮雲にて『髪結う時』の顔合わせ。

書き上がった台本を全員に配り、読み合わせではなく、本読みをする。

本読みとは本を書いた作家が台本を一人で全部読む事だ。
最近の演劇界であまり聞かないけれど、昔の演劇界は当たり前だったそうだ。
勿論、ハンバーグでも初めての試み。

読んだのは勿論、俺。

作家のニュアンスが最も伝わりやすいという狙いでの土屋先生案なんだけど、俺のニュアンスが伝わったかどうかは、次回の稽古で拝見しようといった感じ。



世の中の状況が状況なだけに、みんなが1つになって創作してゆく事は、いつもより難しくないような気がする。逆にそれが違う方向へ進んでゆかないか、少し心配なのが正直な気持ち。

こんな時だから!
この期に及んで!?

どちらもあるだろうし、非常時だから。
だけど平時から1つにならなきゃいけないのが本当なんだな。

自分達は演劇人なのだから胸を張って演劇をやれば良いと思う。色々な声で前に進めなくなったら、その声がなくても前には進めないよ。

だからといって3月11日に起こった事を忘れている訳ではないし、今も色々な面での影響があり、その事で自分の考え方や感じ方が変わったこと、思い出したことを認識する。

悔しいのは、そういう状況になってみないと、その日を問題なく過ごせる事の有難さを知れない事だ。

今、とても実感している。

今日という日は戻ってこない。
そして尊い一日。
大切な一日。

そう生きてゆく事が出来れば
大抵の問題は解決出来る様な気がする。

誰かとの衝突も争いも蟠りも無くなるような気がする。
欺いたり、傷つけたり、自分の事しか考えられなかったり
人間の醜い面も少なくなるような気がする。




今朝、目覚めると首が至極痛い。

寝違いだ。

この痛さも生きている証拠なんだなぁ。
何らかの理由で心に痛みを持っている事も
生きている証なんだと、首ともども痛感する

今日という日。


TOKYOハンバーグ公式サイト



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