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俺はそう思う。



先日、座・高円寺にて、世の中と演劇するオフィスプロジェクトMの『死刑執行人〜山田浅右衛門とサンソン〜』を観劇。

この作品、実は再演で、初演時も観に行った。今まで、かなりの芝居を観てきたけれど、どんなに面白くても、凄くても、観た作品の内容や台詞は憶えていても、観た日というのは季節ぐらいしか憶えていないけれど、この作品の初演時の日付だけは忘れることがない。


2011年3月14日の夜だった。

当時、震災の影響で電車なんか時間通りに来なくて、開演に1時間前には中野の劇場に到着する予定で出発したのに、新宿で電車が来なくて、劇場に入ったのは開演40分過ぎくらいだった。

改札を出て猛ダッシュ。息を切らして劇場内に入ると、舞台上にいるキャストの数より、客席の人の数の方が少なかった。そりゃそうだ、あの震災があって三日目だったし、まだ余震も続いていから。

初演時はシーンでしか憶えていない。
だから、再演するのなら絶対に観たいと思っていた芝居だった。

チラシにも記載されている『誰が 誰に 何を させているのか』というのを、劇作演出、出演までしちゃっている丸尾さんが、演劇という工夫によって立体化させた授業のように興味深く魅せてくれた。

『死刑執行人』

死刑、つまり罪を犯した人間の生命を剥奪する刑罰。
その刑罰を執行する人の話。けれど、死刑囚を殺すのも人。ここが興味深い。

命の尊さなんて言うけれど、尊い命とは何だろう?と考えてしまった。いや、勿論、わかっているよ、そんなのはわかっている。けれど、不意に考えてしまった。

今、イスラム国で日本人の人質問題が捕らわれている。一人は殺されたとネットニュースで読んだ。もしかしたら、とっくに殺されていたとか、色んな話題があるけれど、こんなにも日本人がそこに興味を持っているのは、捕らわれた人質が日本人だからなのか?

今までもイスラム国は他国の人間を処刑してきた。けれど、日本ではそんなに話題になっていなかった。自己責任論もある。それを否定する人もいる。政府の責任だという人もいる。

俺的には、誰がどんな考えを持っても良いと思う。自分以外の考えを否定するのではなく、こういう考え方もあるんじゃないか、という対話が出来ればなと思ったりする。それが出来ないから、自分の意見をなかなか言えないって人、多いんじゃないかな?わからない、ではなく、こうだと思うってのがあって、でも、それを言うと損してしまうような社会、あるいはコミュニティ。


俺はテレビを見ない。
というか無い。

メディアはいつも、片っ方の情報しか提示しない。新聞もそうだ。どこどこ新聞は右で、どこどこ新聞は左。そして、どこどこは宗教。

どうして、両方のことを見せてくれないのか?こういう考え方がある。もう一方ではこういう見方もある。公平に提示するというのは難しいのかもしれないけど、俺たちは右と左を両方とも見て、知って、考えて、感じて、自分なりの答えに近いものを探し始める。

勿論、偏ったものではなく。


『死刑執行人』に命を奪われる死刑囚は、誰かの命を奪った。その罪は重い。許されはしない。そして死刑執行人とは許されはしない命を奪うという仕事。それは許されることなのか?法の上とはいえ。そして、死刑執行人はそれは望んでやっているわけではないということ。

これって、おかしいでしょ?何かが間違っているよね。
でも、殺人という罪は本当に思いし、許されない。
それは人間として当たり前だと思うんだよ。

そんなことを考えさせてくれる丸尾聡は、本当に凄い演劇人だ。
見た目はちょっと胡散臭い親父さんだけど。。。




人間は死ねば消えてゆく。
でも、殺された人間は消えない。
俺はそう思う。



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